ハイビスカスのいい加減は良い加減Log

呟き以上日記未満、書きたくなったら出没します。感情、出来事、頭に浮かんだこと、私の人生模様の記録です。    

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最後まで生き抜いた母

病気を発症してしまった人は、発症していない人から見ると、負け組と映ってしまうのだろうか...。

 

別に同情して欲しいとかではなく、私は私なりに私のキャパ内で一生懸命生きている。

 

私も嘗ては疲れ知らずの体が自慢だった。でも、今はエネルギーへの変換が上手くできない内分泌系の病気になってしまった。

 

私も病気が発症する前は、やはり病気の人の気持ちは分からなかった。

 

だから、理解して貰うことはむずかしいのかもしれない。

 

ある意味、誤解されても仕方ない。と思うしかないのかもしれない。

 

母が病気の時、私は冷たい言葉を放ってしまっていた(型肝炎が原因でなくなっている)。

今、後悔と罪悪感で一杯だ。

 

母が息を引き取った時、父が「よく頑張ったな」と頭をなでていた。生きている時は、優しい言葉などかけてあげなかったのに...。ぶっきらぼうだったのに...。

 

でも、父は母の病状が悪化していくにつれ、買いもの、3度の食事は母に代わって、定年していたということもあり、完璧にやっていた。優しい言葉を発する事が不得意な父にとってそれが、父なりの優しさだったのかもしれない。

 

病気を持っている人が仕事をしていると理解されず誤解されてしまう事も多々あると思う。そんなときは黙ってやるべきことをやる。

 

不幸自慢しても始まらない。みんな自分の事で精一杯なのだから。

 

わたしの母は、病気のせいで指が太鼓ばちのようになって、酸素ボンベをしながらでも、自分で積極的に買い物をしに行っていた。当事者でない人たちは、丸くなってしまった指で財布からお金を出す母をどのように見ていたのだろうか。一生懸命生きている人と思ってくれていたのだろうか。

 

最後の買い物に一緒に行った時、もっと優しくしてあげればよかった。残酷にも、そんな姿の母に最後まで付き合ってあげずに、買い物が終わるまで、ベンチで待っていた私。ごめんなさい。それが、私の心残りです。最後まで生き抜いた母。偉かったね。ありがとう...。

 

惨めな思いをしても、母と同じように天寿を全うするよ。最期に身を持ってあなたが教えてくれた事だから。