ハイビスカスのいい加減は良い加減Log

呟き以上日記未満、書きたくなったら出没します。感情、出来事、頭に浮かんだこと、私の人生模様の記録です。    

モッピー!お金がたまるポイントサイト

愛するが故の確執

息子が中学を卒業するまで、共同購入した家で姑と暮らしていた。(舅は息子が4歳の時に亡くなった。)

ここには書き切れない程のいろんな事があった。

どちらが正しくてどちらが間違っているということでもなく、誰が悪者で誰が善人かでもない。

はっきり言えるのは、舅も姑もみんなが息子を愛してくれていた事。

息子が4歳くらいの頃「なんかへんだなぁ...なんかへんだな...」と言ったことがある。

それは私と舅&姑の間、そして主人との間に確執という空気を感じていたのだと思う。


主人は親子関係などが理由で10代後半で家を出たという背景がある。

主人と結婚して2年目で家を共同購入して、主人の親と主人の妹と一緒に暮らし始めた。(妹はしばらくして結婚し、家を出た。)

そして、しばらく(だいぶ?)して息子が生まれた。息子を大切にするが故の確執が生まれた。

主人さえ敵に見えた時期もあった。私だけ孤立しているかのように思えた時もあった(私の存在を蔑ろにされている気がした)。

息子が小学校5年生の頃、先生とのやり取りのノートにも家族がピリピリしている的なコトが書かれていた。(きれいごとや上辺だけでなく、現実的なコメント、アドバイスを書いてくれていて感謝している。)


一昨年の夏、中学卒業まで住んでいた姑(お婆ちゃん)がいる家に息子が行った時、トイレで動けなくなっていた姑を見つけ、救急車とレスキュー隊を呼んだ。(トイレのドアが開かなくなって姑がトイレから出られなくなっていた。)姑は脳梗塞と診断されそのまま入院した。


私は、お見舞いの時、苦虫を潰したような顔をされたら..。と思いながら姑のいる病室に入った。でも、姑は手を広げて笑顔で迎えてくれた。

私は「一人にしちゃってごめんね...。」と泣きながら言った。姑は「いいんだよ。いいんだよ。」と泣きながら答えた。

その時、お互い許しあえたような気がする。病がきっかけというのは皮肉なものだけれども...。許しあえたというより、分かりあえたと言った方がいいのかもしれない。


姑が退院し、主人は共同購入した家で姑の面倒を見た。10代の時に家を出て離れて暮らしていた時間を取り戻すかのように、親子水入らずの時間を過ごしているかのように私には映った。


そして、姑はリハビリしていたものの、昨年の9月に亡くなった。



今は、この家庭環境で育った息子への影響が吉と出るコトを願うだけです。