ハイビスカスのいい加減は良い加減Log

呟き以上日記未満、書きたくなったら出没します。感情、出来事、頭に浮かんだこと、私の人生模様の記録です。    

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最後の最後でリベンジ

息子は、保育園の頃運動神経がよかった。運動神経が良いと私が勝手に思っていただけなのかもしれない。(何をもって運動神経が良いというのかは分からないが)私も主人も、運動神経は良い方だったので、息子も運動神経が良いに決まっていると思っていた、思いたかったのかもしれない。

ある武道を3歳からやっていたが、息子の意思で小学校に上がる前にやめた。

そして、小学校に入学。小学校1年の最初の運動会のかけっこは、まさかのビリだった。私はショックだった。思わず「ゲームばっかりやっているからだ!」と言ってしまった。保育園の頃は、積極的に外で遊んだり、家族でアスレチック、プール、交通公園などアウトドア的な所へもたくさん出かけた。ゲームは得意だったが、今考えると、ゲームばっかりというほどゲームはやっていなかったのではないかと思う。

私もショックだったが、息子もショックだったと思う。でも、かけっこが速くないだけで、体育の成績はずーっとよかった。運動のセンスはあったのだと思う。

そして、2、3年ともかけっこは相変わらず後ろの方だった(1等がいればビリがいるのはあたりまえと言えばあたりまえ)。

その頃から、保育園からの友達数人が野球をやり始めた。私は、仕事の関係上、親の当番制がいろいろとあると言われていた為に野球をやらせてあげられなかった。今思えば、本人もあまり興味がなかったのではないかと思う。


息子が小学校3年生の頃、水遊びが好きで得意そうだったし、泳げるという事はそれだけでカッコいいではないかと思い、水泳習う?と聞いたら、「習いたい!」と言ったので、近くのスポーツクラブのスイミングクラブに週2~3回のペースで通い始めた。

たしか、小学校4年生の頃だったと思うが、同じスポーツクラブの中で以前習っていた武道の教室もやり始め、息子がまたやりたいと言ったので、習わせた。

だんだんと生活にもリズムができ、体付きもしかっりしてきて、体力も気力も付いてきた。



小学校6年生になり、最後の夏休み。息子は毎日のように学校に縄跳びの練習をしにいった。私は、頑張り屋の息子が縄跳びを究めたくて行っているんだくらいにしか思っていなかった。


そして小学校6年生、最後の運動会。6年生の出し物は、縄跳びだった。あるJーPOPの音楽6分弱に合わせて、縄跳びをやり始めた。

同級生のお母さんが「生き残りが始まる」といった。私は何の事かその時は分からなかった。

その縄跳びの演技は、前跳び、かけ足跳び、あや跳び、2重跳びはもちろん、はやぶさ、サイドクロス、サイドクロス2重跳び、側回旋と前後交差跳び、いろいろなスッテプを踏みながら跳んだりと度肝を抜かれるものばかり(技の名前は後で調べました)。また、途中、ひっかかってしまう子どももいたものの、ほぼ全員がマスターしていた。

みんなの頑張り、演技が素晴らしすぎて、見てて涙が出そうになった。先生も教えるのに苦労されたと思う。

演技が中盤に入り、間奏になった時、連続2重跳びが始まった。ひっかかった子から座って行き、最後まで残ったのは約90名中9名だった。最後まで2重跳びを跳ぶと20回位になると思う。

その時、生き残りの意味が分かった。その時、息子がその9名の中にいた。こらえていた涙がポロポロ落ちた。

その後少ししてから、6年生の100メートル走が始まった。息子の番が来た。いつも1、2位を争っている保育園から一緒のリトルジュニア所属の2人と一緒だった。

よーい、パーン!走り始めた。いつもの息子の走りと明らかに違った。いつもの2人を抜き1等になった。1年生から抱えていた自分への悔しさを晴らしたかのような清々しい顔をしていた。(いつもの2人は悔しがっていたが…。それはそれで良い経験)

ある子のお母さんが、「○○君どうしちゃったんですか?」と私に言った。変な聞き方で、ちょっとカチンとしたけれど、「さぁ?本領を発揮できたんじゃないかなぁ…。」と返した。


そして、運動会が終わってから間もなく、息子は市内の小学校6年生の陸上競技大会で、リレーと走り幅跳びに出場した。先生の熱心な指導と本人の頑張りでリレーは2位、走り幅跳びは優勝した。歴代2位の成績だった。本人は記録の塗り替えを狙っていたらしい。たしか6センチほど足りなかったようだ。


小学校最後の最後で、リベンジした息子。小学校の頃の先生はみんな良い先生ばかりだったと今でも言う。私もそう思う。

ほんとうに人との出会いは人の人生を左右する。息子は運良く、大事な時期に良い人達に出会えたと思う。それが今、未来の礎になると思う。

息子に関わって下さった方々、指導してくださった方々、感謝いたします。ありがとうございます。



この曲を聴くと、あの時のキラキラしていた息子の姿がよみがえります。(今は違った意味でキラキラしていますが)私にとっての応援歌でもあります。


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