読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハイビスカスのいい加減は良い加減Log

呟き以上日記未満、書きたくなったら出没します。感情、出来事、頭に浮かんだこと、私の人生模様の記録です。    

東京ボンバーズ

私が小学校の頃、ローラーゲームがはやっていて、私はそれに夢中だった。頭の中はローラーゲームの事でいっぱいだった。

ローラーゲームは当時の12チャンネル(今のTV東京)で何曜日だったか忘れたけれど、夜の時間帯にやっていた。

日本のチーム名は【東京ボンバーズ】で、アメリカにあるいくつかのチームとの対戦を放映していた。

詳しいルールは、今になっては忘れてしまったが、サークル型のコースを激しくぶつかり合ったりして滑り、相手の選手を抜かすと得点になるという競技だった。

日本の人気選手は小泉博さん、佐々木ヨーコさんで私もファンだった。(最近まで神奈川の海老名でローラースケートを教えていたみたい。今は?)


当時は子どももたくさんいて、公園ではローラースケート、缶蹴り、鬼ごっこ、キャッチボール、ドッチボールなどなど、ごちゃごちゃになっていろんな遊びが行われていて、ケンカ、けが、泣き声なんて日常茶飯事で近所の大人にも怒鳴られたりしながら遊んでいた。その中でもなんとなくルールみたいなのがあったり、子ども同士話し合いでルールを作ったりして遊んでいた。

テレビゲーム、パソコンなんてなかったので、外でほとんどの子ども達が遊んでいた。

私も、金具と紐でできた安いローラースケートを買ってもらい公園で練習した。友達とローラーゲームごっこなんかもした。公園だけでなく小学校の廊下でも上履きで、ごっこ遊びをやっていて先生に叱られたこともある。

激しいスポーツだったので度胸試しにローラースケートを履いたままブランコから飛び降りたりもした。

今、考えるとよく怪我したり、怪我させなかったものだと思う。


当時は東京の板橋区ローラーゲームのスクール的な所があり、親にローラーゲームの選手になりたいので通わせてと言ったら、ダメと言われた。

理由は、遠い(当時、家は神奈川県藤沢市)、まだ小さすぎる、お金がかかるなどだったと思う。

それならと、友達とおこずかいを貯めて自分のお金で通おうなどと約束して、今思うと子どもっぽい発想で、頑張っていた自分がいた。

でも、だんだん現実的に無理なことが分かって来たのと、ローラーゲームの番組が終わってしまったということもあり、その熱は次第に醒めて行った。


最近、ふっと、そう言えばローラーゲームをやっていた人達は今どうしているのだろうと思い、ググってみたら、ローラースケートのプロデュースなどでいろいろと活躍していた。

YouTubeなんか見ると、今でもローラーゲームは競技としてあった。


勉強はできなかったし嫌いだったこんな私でも、これまでの人生、夢中になれたモノがいくつかあったんだなぁと再確認し、病気もしたけれどまぁまぁの人生じゃん。なんて思ったりしている自分がいた。

今までの人生で一番夢中になってのめり込んだのはウィンドサーフィンだった。その頃、天気予報ばっかり見ていた。働き出してから始めたので、自分のお金で揃え、その他ガソリン代も含め、結構な金額をつぎ込んだと思う。でも、後悔はしていない。その分貯金をしていればとチラッと思うが、自分の幸せへの投資だったからそれはそれで良かったのだ。


息子には、自分が夢中になっているもの、なれるものを続けていって欲しいし、できる限り陰で分からない様にバックアップしたいと思っている。


息子が年をとって人生を振り返った時、「俺の人生に悔いなし」と思って欲しいから…。

www.youtube.com

www.youtube.com

※昔の方がサーキットが高い場所にあって迫力がありますね。

簡単!楽しく貯まるポイントサイト モッピー

1ポイント=1円で貯まったポイントは
現金や電子マネーに交換出来るよ♪

▼ ▼ 今すぐ無料会員登録♪ ▼ ▼
モッピー!お金がたまるポイントサイト