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呟き以上日記未満、書きたくなったら出没します。感情、出来事、頭に浮かんだこと、私の人生模様の記録です。    

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一級自動車整備士の資格を持っていた叔父の無念

叔父は自動車の一級整備士だった。その資格を持っていたと言う事は、車が大好きだったと言う事。

でも、その大好きだった車の仕事も出来ない、車にも乗れない状態になってしまう。

冤罪によって…

 

私が小学校、中学校の夏休みに、父の実家(叔父の家)に何度か遊びにいった。

叔父はいつもニコニコしていて、しゃべり方も穏やかだった。4人兄弟の末っ子だった。

飼っている(土間に勝手に入って来る?)猫を見て「いつも気ままでいいなぁ」と優しそうな表情で猫を撫でながら言っていた姿が目に浮かんでくる。

私の母が作った料理を「姉さんおいしいよぉ~」と言ってニコニコして食べていた顔も心に焼き付いている。

 

その数年後、それと対照的な表情を見ることになるとはその時誰が予想しただろうか…

 

叔父はひき逃げの被疑者として逮捕されてしまった。数年後、真犯人が見つかり叔父の容疑は晴れたが、もうその時は以前の叔父ではなくなっていた。

父が言うには、多分、きつい取り調べで精神がまいってしまったのでは?と言っていた。(きついの意とするところはご想像におまかせします。)また、田舎ということもあり人の目や心ない言葉などの影響もあったんだろうと思う。

 

容疑が晴れて数年経った頃、父から叔父が家に来ているからと呼ばれて行ってみると(私はこの時は結婚していて別のところで暮らしていた)、丸刈りのニコニコしてる叔父が座っていた。

挨拶をして、しばらく話をして、今度、伊豆に食事をしに行く事を約束して帰った。

 

伊豆に車ではなく、電車で食事に行った。海の幸、山の幸を食べながら、父と叔父は子どもの頃の昔の話などをしていた。

 叔父は、ちょっとオドオドしながら料理が運ばれてくる度に、「ありがとう」とニコニコしながら言っていた。さらっとした言い方ではなく、すごーく気を使っている言い方だった。笑顔もぎこちなく少し気の毒に思えた。

 叔父のニコニコしてるかと思えば、時々目をランランとさせ、なにかに怯えている表情…

昔の叔父とは違っていた。

 

叔父は父の家に1週間位泊まり、父と一緒に父の故郷でもある自分の家に帰って行った。(結構遠方、来た時も父が迎えに行った)

 

叔父が帰った後、母から聞いた話によると、突然「警察が来る」とか「警察を呼んだでしょう」などと言っていたと言う。「警察なんか来ないから」となだめても、怯えた表情をしていたと言う。

 

警察を悪く言いたくないが、冤罪事件があるのも事実。私もあることの目撃者として調書を取られたことがあるけれど、奥の方から「大袈裟に書けよ」と声がした時には、叔父の事件の後だったということもあり不信感を覚えた。

 

叔父はしばらく、お寺でお世話になったり、そこで働いたり、家の畑仕事を手伝いながら生活をして、15年位前に肺炎で亡くなった。

 

冤罪をかけられ精神的ダメージを受け、大好きだった車の仕事も出来なくなり、車にも乗れなくなってしまった叔父。今思うとその時はまだ30代だったと思う。いろいろな意味でこれからという時に巻き込まれてしまった。

 

本当に無念だったと思う。ここに書くことでその無念さとそんな叔父のような人間がいた事、冤罪事件の悲惨さが伝わればと思い記事にしました。

 

天国にいる叔父さん、少しは無念が晴れましたかぁ…

 

 

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