ハイビスカスのいい加減は良い加減Log

呟き以上日記未満、書きたくなったら出没します。感情、出来事、頭に浮かんだこと、私の人生模様の記録です。    

人生経験(生きざま)というスキルの需要

ある芸能人(20代後半の男性)がMCからの「何でこんなに人気があるんですかね?」という問いかけに「需要...」とはにかみながら答えた。

自分のことを客観視していて、時代の流れがそうさせているんだよ的な含みを持たせた上手い回答だとなぁ~思った。

もちろん需要がなくなれば、人気は落ちていく。

需要がなくなる、人気がなくなるというより爆発的な需要は一段落すると言った方がいいのかもしれない。メディアで頻繁に取り上げられるミーハー的な見せかけの需要はなくなるかもしれないが、少し愛して長く愛して的な需要は誰にでもあると思う。

 

自分は有名人ではないけれどそれを自分に置き替えて見た時、親としての需要、社会人(労働者)としての需要、妻としての需要...etc。もし自分に需要がなくなったら...?

そんなことを考えて気付いたことは、需要とは役割ではないかということ。

役割(需要)のピークがある程度終わっても命のあるかぎり、なにかしらの役割(需要)はあるんだと思う。

世代交代で第一線でいる立場でなくなったとしても、第一線でいることに固執しなくても、人生経験から培った何かしらのスキルを誰もが持っている。

第一線で活躍していなくても(目立った活躍)、子育てのピークが一段落したとしても、体力が落ちたとしても、今まで培って来た人生経験というスキルが細く長く誰かしらの需要としてあリ続けるんだと思う。

それは一見傍から見たら、静寂で形がないように思えるスキルだけれども、それはとても重くて強くて深いスキル。それはその人の命が尽きるまで、どこかの誰かにとって需要があるスキルなんだと思う。